年回法要ともいい、一般的に法事と呼ばれているものです。 故人様がお亡くなりになられた翌年のご命日に行うのが一周忌、その二年後に三回忌を行います。

それ以降も亡くなられた年も含めて数え、七回忌、十三回忌、十七回忌、二十三回忌、二十七回忌、三十三回忌、五十回忌と追善供養の法要を営みます。
また、一周忌までが「喪中(もちゅう)」であり、以降「喪が明ける」ことになります。

年忌法要 時期 内容
一周忌(いっしゅうき) 満1年目 遺族や親族をはじめ、友人や知人も列席します。
僧侶の読経が行なわれた後、全員で焼香やお斎を行ないます。
三回忌(さんかいき) 満2年目 遺族や親族をはじめ、友人や知人も列席します。
僧侶の読経が行なわれた後、全員で焼香やお斎を行ないます。
七回忌(ななかいき) 満6年目 法要は遺族もしくは親近者のみで営まれ、僧侶の読経や焼香については省かれるのが通例です。
通常は、この七回忌あたりから法要の規模が縮小されていきます。
十三回忌(じゅうさんかいき) 満12年目 法要は遺族もしくは親近者のみで営まれ、僧侶の読経や焼香については省かれるのが通例です。
十七回忌(じゅうななかいき) 満16年目 法要は遺族もしくは親近者のみで営まれ、僧侶の読経や焼香については省かれるのが通例です。
二十三回忌(にじゅうさんかいき) 満22年目 法要は遺族もしくは親近者のみで営まれ、僧侶の読経や焼香については省かれるのが通例です。
省略されるケースもあります。
二十七回忌(にじゅうななかいき) 満26年目 法要は遺族もしくは親近者のみで営まれ、僧侶の読経や焼香については省かれるのが通例です。
省略されるケースもあります。
三十三回忌(さんじゅうさんかいき)
(大半はここで弔い上げ)
満32年目 遺族や親族のみで行うのが大半ですが、生前付き合いの深かった友人や知人も列席することもあります。
お斎(食事)の準備をし、列席いただいた方々をもてなすのが大半です。
三十三回忌にて「弔い上げ」とすることが大半です。どんな罪を犯した故人でも、極楽浄土へ行けるようになり、荒御魂が祖霊となるという考え方から「弔い上げ」と呼ばれます。(宗派により異なります。)
また、五十回忌を弔い上げとする場合もあります。
三十七回忌 満36年目 三十三回忌法要をもって永代供養とされたご家族は、三十七回忌法要は行わないのですが、五十回忌法要をもって永代とする場合は、三十七回忌法要は親族だけで集まって、こぢんまりと行われることが多い傾向にあります。お線香をあげたり、お仏壇を囲んでお茶を飲んだり、お墓参りに行ったりするだけで終わりにするご家族も多いのですが、年忌法要には変わりありませんので、僧侶を呼んで読経をあげてもらうのが一般的です。
四十三回忌 42年後の祥月命日(お亡くなりになった日と同月同日) 四十三回忌法要は、故人が亡くなられてからちょうど42年後の祥月命日(お亡くなりになった日と同月同日)に行う法要です。
また、三回忌以降は「追善供養(ついぜんくよう)」と呼ばれます。追善供養とは、残された者が法要を勤めることにより、この世から彼の世へと「善を送る」ことです。供養を重ねることで、故人の善が増し、罪が軽減されます。それは同時に法要を勤める人の徳にもつながり、自身の善行としても積み重ねられます。なお、三回忌法要以降は、満年齢ではなく、「数え」で年齢を計算します。
四十七回忌 46年後の祥月命日(お亡くなりになった日と同月同日) 遺族だけで行うのが一般的ですが、省略されるケースが多くなっています。
追善供養・年回については、四十九日法要まではインドで、百か日法要から三回忌までは中国、それ以降は日本で慣習化されたものです。
江戸時代までは、三十三回忌までで、三十七回忌・五十回忌が行われるようになったのは明治以降です。
五十回忌
(弔い上げ)
49年後の祥月命日(お亡くなりになった日と同月同日) 五十回忌法要は、故人が亡くなられてからちょうど49年後の祥月命日(お亡くなりになった日と同月同日)に行う法要です。
また、三回忌以降は「追善供養(ついぜんくよう)」と呼ばれます。追善供養とは、残された者が法要を勤めることにより、この世から彼の世へと「善を送る」ことです。供養を重ねることで、故人の善が増し、罪が軽減されます。それは同時に法要を勤める人の徳にもつながり、自身の善行としても積み重ねられます。なお、三回忌法要以降は、満年齢ではなく、「数え」で年齢を計算します。